真・山神のブログ

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各務原市 神明神社 ねずみ小僧治郎吉の碑

今年がネズミ年と言うことで

岐阜新聞webにそのネズミに関連して紹介されていた

ネズミスポットですw

岐阜県各務原(かかみがはら)市神明神社内にあります

ねずみ小僧治郎吉の碑です

 

こちらの神社は非常にわかりにくい場所にあります

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名鉄各務原線 市民公園前駅のすぐ近く

JR高山線との両線路に挟まれた場所に神社があります

車は幸いにもすぐ近くに(目の前に)有料駐車場があり

停めることが出来ます(3時間無料)

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こちらを利用して、駐車場の最奥まで行きますと・・・

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もう目の前に神社の境内が見えるのであります

(黄色い建物が那加(なか)幼稚園です)

駐車場よりぐるりと左手に回りますと神社入り口

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これと言って何もないようなちっぽけな神社です

こちらの右手奥に・・・

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ねずみ小僧治郎吉の碑があったのでした

 

ねずみ小僧は、江戸時代後期に名をとどろかせた大泥棒

1832年、30代半ばで捕らえられ、江戸で市中引き回しの上、

はりつけ串刺しで処刑された。

大名屋敷を中心に忍び込んで大金を盗み出していたが、

貧しい人たちにも分け与えたという義賊の伝説が残り、

現代でも時代劇のヒーローとして親しまれている。

 

各務原市にある碑は、ねずみ小僧の"手柄"をたたえて建てられたという。

市町村合併前の「那加町史」によれば、この辺りは江戸時代、

中山道加納宿鵜沼宿の間に広がる草野原。

「いろは屋(源助茶屋)」という一軒の宿屋があったが、宿主夫婦は旅人を脅迫し、

金銭をまき上げて殺害、遺体を古井戸に放り込む「極悪非道の鬼夫婦」だった。

ある日、旅の老母と若娘が襲われるも、

巡礼者にふんして泊まっていたねずみ小僧が鬼夫婦を成敗して助けたとされる。

碑は、ねずみ小僧の"善行"を後世に伝えようと処刑後に建てたといい、

その宿で悲惨な最期を遂げた旅の犠牲者を慰める供養碑もそばに立っている。

 

 ↑これに関してはこちらにも詳しく書かれてます

 

ちなみにそのねずみ小僧は実在の人物だったそうですが

実は義賊でもなんでもなかったそうです

 

鼠小僧について「金に困った貧しい者に、

汚職大名や悪徳商家から盗んだ金銭を分け与えた」という伝説がある。

この噂は彼が捕縛される9年も前から流れていた。

事実、彼が捕縛された後に役人による家宅捜索が行われたが、

盗まれた金銭はほとんど発見されなかった。

傍目から見ると彼の生活が分をわきまえた慎ましやかなものであったことから

盗んだ金の行方について噂になり、このような伝説が生まれたものと考えられる。

しかし現実の鼠小僧の記録を見るとこのような事実はどこにも記されておらず、

現在の研究家の間では「盗んだ金のほとんどは博打と女と飲酒に浪費した」と

いう説が定着している。

参考ウイキペディア

 

後年創作などによって義賊扱いされたようですが

実際には単なる博打好き・女好き・酔っ払いの泥棒だったようですw

 

ちなみに愛知県蒲郡(がまごおり)市

そのねずみ小僧治郎吉のお墓があるそうです

こちらもいつか訪ねてみなければw

誰もこんなんには興味はないでしょうがw