またもや織田信長ネタです
そこはどこにあるのだろう?と調べ
カーマの駐車場に停めさせていただき、公園へ・・・




史説ですと大風雨の中、山の上から織田軍が今川軍に奇襲を掛けたとされており
てっきり山が近くにあるものだと思ってましたら
公園の周り一帯は普通の住宅地
全く山など近くに存在しません・・・
これにはちょっとがっくり
近年の開発によりこのあたりの山がなくなってしまったのかも知れませんが
これでは全く雰囲気がありません・・・
従来通説とされてきた迂回奇襲説は、フィクションといわれ、
「信長は中島砦より桶狭間の丘陵に着陣する義元の本陣に正面攻撃を敢行」との
「信長公記」に基づく新説が有力となってきました。

まあそれでも公園へと足を運んでみました

↑ちょうど保存会の方が見学者にいろいろと説明されてました
予約すればガイドしてくれるようです

↑当時の面影があったのはどうやら昭和40年代までなようです
織田信長像はなんとも貧弱 まるで小兵のような・・・
これにはなんか悲しくなりますw
もっと勇ましい格好であって欲しいのですが・・・

↑馬つなぎの社松
義元が馬をつないだと言われる「ねずの木」です。
触れると熱病に罹(かか)るとの伝承があり、
ねず塚にあったものを移植し今は枯木として残しています。
合戦から450年目の2010年に整備されました。
このジオラマがいまいちよくわからない・・・
見ていてもピンとこないのですが・・・
これを考えた人、策に溺れすぎてません?w


↑義元首洗いの泉
義元水汲みの泉とも言われ、泉の中にくるくる回る桶があったので、
とまあ公園内にはいろいろあるのですが
総じてがっくり感があり、残念に感じられたのでした
(あくまでも個人的意見です)
どうかみなさんの目で確かめてみて下さい