天台宗の古いお寺です。
遺骸を安置したのが長岳寺といわれています。
遺品として、信玄公の兜の前立て二種類が寺宝として所蔵され
十三重の供養塔があります。
実際には、駒場宿で命を落としたと言うよりは、
この駒場の長岳寺に運ばれたと言うのが正しいようです。
この時、長岳寺は、
こちらが本当のお墓だと言われているようですが・・・
阿智村村内の国道153号を走ると長岳寺の案内が出ております
武田信玄公史跡→
その長岳寺の場所はこちら
武田信玄400年祭(昭和49年)に、裏山の火葬塚から採取した火葬灰を境内に移し、
供養塔として十三重塔を建立しました。
↑本堂にある遺品が見たい方は有料拝観 200円(説明付き)となります
(でもこの日はお寺に誰も見えませんでした・・・)
こちらのお寺には多くの句碑やら↓こんなのもありました
3年間は自分の死を隠して領国の安全を保つこと。
この遺言通り武田信玄の死はごく一部の側近だけに知らされ
影武者を立てて甲斐へと帰ったようです
ただその甲斐の国にも武田信玄のお墓があるようですw
一体どれが本物なんでしょうか?